緑の悪霊  第1話


「ルルーシュ、君、悪霊に取り憑かれているよ」

真剣な顔でそう言ってきたのは、幼馴染で親友の男だった。
言葉の意図が掴めず、聞き間違いか、あるいは暗号、クイズの類なのかもしれないと、言われた言葉を頭の中で20回は再生し、あらゆる可能性を考えてみたのだが、やはり答えは出なかった。
たっぷり10秒ほど時間をかけ、スザクの言い間違いの可能性もあると、言われた単語を口にしてみた。

「・・・悪霊、だと?」

口にして見ると、更に胡散臭さが増した。
やはり聞き間違いか言い間違いに違いない。
そう思ったのだが、予想は綺麗に裏切られた。

「うん、悪霊」

近い。
近いぞスザク。
流石に近過ぎると文句を言いたくなるほど至近距離まで顔を近づけ、スザクは大業に頷いた。おかげでスザクの瞳が真剣で、なぜか思わず身が竦んでしまう程の獣臭さを醸し出しており、胡散臭いが真面目に話をしている事だけは理解出来た。
悪霊を敵と認識し、戦う気満々と言った所だろうか。

「つまりゴーストかポルターガイストの類か?」

やんわりと手でスザクの胸を押し、距離をとる。

「う~ん、なんか違う気がするけど、そんな所かなのかな?」

と、あやふやな回答をしながら小首を傾げて返してきたが、やはりどうにも胡散くさい。真剣さは感じるが、それ以上に胡散臭くて仕方がない。
こいつは神社の息子ではあるが、幽霊など欠片も信じていなかったはずだ。
祟りや呪いの類、更に言うならば神さえも信じていない罰当たりな性格で、俺が「母さんはお星様になってナナリーを見守ってくれているんだよ」と言えば「そんなはずないだろ、死んだら土の中に埋められて終わりだ」と夢も希望もない即答をし、ナナリーを泣かせた事・・・俺は未だに覚えているからな!!
だが、そのスザクがなぜそんな話を?
まさか、俺がゼロではないかと疑っているのか?
悪霊などと言う物を理由に、俺の身辺調査でも始めるつもりか?
そんな内心の動揺は表面上出すことなく、俺はスザクの目を見つめた。
すると、それに気付いたのかにっこり笑顔で接近してくる。
やはり近い、近過ぎる。
最近この親友はどうにも距離感がおかしい。
だが、注意しても意味がない事は学習済。「何がおかしいの?僕が近くにいると・・・そんなに嫌なの?」と、まるで捨てられた犬のような顔をするから、口で注意するのはこちらの精神衛生上よろしくない上に、こちらが謝るとますますべったりくっついてくる。
こうして何も言わず手で制するのが一番の対応策なのだ。
人聞きの悪い悪霊話の方を片付るため、手でスザクとの距離を保ちながら質問した。
大体、俺は悪霊などという非現実なものは信じていないのだ。

「どうしてそう思ったんだ?」
「だって、君、最近顔色がずっと悪いだろう?」

そう言いながらスザクは俺の頬へと手を伸ばしてきた。
さらりとなでるその手は、節くれだって硬くなり、かさついた軍人の手。
暖かいその温もりに安堵を感じた事に、内心盛大な舌打ちをした。
こいつが、この手が、ブリタニア軍人の、敵の手なのだと思うと苛立ちが募る。
この手が味方であるならと思ってしまう。
だが、この手は俺を拒んだのだ。
一度や二度拒まれて諦める俺ではないけどな!
必ず俺の、ゼロの味方に引き込んでみせるからな!
そんな決意を胸に、労わる様に触れられた暖かなその手を取り、苦笑しながら離した。

「そうか?いつもと変わらないと思うんだが?」
「それだけじゃないよ、君、痩せただろう」

離すためにその手に触れていた俺の手を、スザクの両手で握りしめられ、心底心配だという視線で見つめられると、言葉に詰まってしまう。

「・・・気のせいだろ?」
「いいや、絶対に痩せた」

きっぱりと断言されてしまい、心当たりがありまくるルルーシュはそれ以上否定の言葉を続けられなかった。
何せ騎士団の活動が忙しく、夕食後クラブハウスを抜けだしゼロとしての活動を殆ど飲まず食わずで行い、朝までにクラブハウスへ戻り、汗や硝煙のにおいをシャワーで洗い流し、朝食へ。睡眠は授業中に取り、昼休みは屋上に上ると扇たちに電話で指示。食事をとる時間はない。そして再び授業中に睡眠をとり、生徒会の雑務、その後場合によっては夕食を取らずに騎士団へ。
休日などは碌に食事は取れず、水分補給するのがせいぜいで、せめてカロリーをと野菜ジュースやミルクティなどの糖分の入ったものを口にしていた。
睡眠も、食事も、休憩も、足りない事は解りきっている。
それを表面に出さないようにしていたのだが、毎日顔を合わせる面々は気づかなくても、こうしてなかなか来れない者は、変化に気づいていしまうのか。

「はいはい、ストーップ!そこ、二人の世界に浸らないの」

声の方に視線を向けると、そこにはに苦笑するミレイ。
何故か頬を赤らめて凝視しているシャーリーとニーナ。
若干ひきつった顔のリヴァル。
なんでそんなにおかしな反応をしているのだろう?
確かにスザクの距離感はおかしいが、それはもうある種日常だろうと、ルルーシュは眉を寄せ首を傾げた。

「別に浸ってなんていませんよ、スザクも気にし過ぎだ。俺はいたって健康そのもので、どこも悪くはない」

スザクに握られていた手を解かせると、机の前に置かれている書類に手を伸ばした。
そんな俺に、まるで諭すかのようにスザクはあのね、と口にした。

「取り憑かれてる人はみんなそう言うんだよ。ほら、君凄く肩こってるだろ」

そう言いながらスザクは俺の後ろに回ると、肩を揉み始めた。
日ごろの激務でがちがちに硬くなっていたそこを、絶妙な力加減でもみほぐしていく。かなり手慣れた様子のスザクの手が気持ちがいい。
あまりの気持ち良さに、俺は仕事の手を止め思わず目を細めた。

「顔色も悪いし、痩せちゃってるし、見るからに疲れている。取り憑かれている症状そのままじゃないか」
「肩は確かに凝ってはいるが、それがすべてゴーストの仕業なら、世の中ゴーストだらけになるぞ。お前の理屈が正しいなら、カレンにもゴーストが憑いているんじゃないか?今日だって休んでるだろ?」
「病弱なのとは違うよ?それに彼女は元気そうだし」

まあ、元気だろうな。毎日学生とテロの二重生活するぐらい健康優良児だ。
その考えで言うなら俺も健康優良児、何も問題はない。少し疲れているだけだ。

「まー、もしそうだとして、ルルちゃんにゴーストが憑いてるなら、教会にでも連れて行くの?」

何か楽しげな祭りに繋げられないかと、楽しげな瞳でミレイが聞いてきた。

「いえ、僕こう見えて神社の息子なので、僕がお祓いをします」
「お祓い?スザク君が?」

というか神社の息子なの?

「はい。だから安心してルルーシュ、僕が君を守るから」

キラキラとした瞳で両手を取られ、思わず気持ちがぐらりと傾いた。
ああスザク、その言葉を是非ゼロである俺に言ってくれ!
お前なら大歓迎だ!むしろお前はこちらに引き込みたいんだ!
お前が来たら、即、お前専用の団服を縫い上げ、俺の右腕に据えてやる!
お前専用の最高性能のKMFも制作してやるとも!!
クククククフハハハハハハハ!
と、内心ハイテンションになっているのだが、そんな様子は表面に出すことなく、ルルーシュは小さく笑った。

「お前の気持ちは嬉しいが断るよ」

笑顔で却下。
スザクは欲しいが、それとこれとは話が別だ。
悪霊などというありもしない物のために俺の周りを探られ、俺がゼロだとばれら困る。故に、却下しか選択肢はない。

「僕が軍務もあって忙しいだろうと、気を遣わなくてもいいんだよ。大丈夫、怖くないから。全部僕にまかせて」

楽しげなその言葉に後ろを振り返ると、それはいい笑顔で肩をもむスザクがいて、これ以上否定の言葉を口にし、こいつの行為を無碍に扱うわけにはいかないか・・・と、ルルーシュは諦めた。


2話